聖書:民数記14章11-25節、ヨハネによる福音書19章28-30節

【説教の参考に】

「イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた」。口語訳聖書では「万事が終わったことを知って」と訳していましたが、ここは「成し遂げられた」が原文の意味するところです。目的は完成されたのです。主イエスは、父なる神の業をこの世で完成するという目的を担って歩んできたが、その業とは人々を弟子にして最後まで愛し抜き、さらには兄弟姉妹となり、父なる神とご自分と聖霊なる神の内に人々を集めて一つに完成することでありました。

ヨハネ福音書は、マタイやマルコのように酸いぶどう酒を海綿に付け、葦の棒に付けてと記さず、「ヒソプに付け」と記しているのは、意味のあることです。かつてユダヤ人たちは、隷属の地エジプトから脱出する時にヒソプによって子羊の血を門柱に塗ったことを考慮すると、ここで人々がヒソプによって酸いぶどう酒を主イエスの口に差し出す光景は、主イエスが神の子羊として人々をこの世から救い出すことを暗示しているのです。

主イエスが語った最後の言葉は、「成し遂げられた」という凱旋の言葉です。マタイ、マルコのように、神に見捨てられた叫びではなく、ルカのように、「御手にゆだねます」でもなく、勝利の言葉であった。