【マルコによる福音書10章45節】人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。

 この言葉は、「いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい」(44節)という主イエスの言葉の後に言われたのである。この言葉こそ、奉仕の根源を語っている。つまり主イエスが何者にも先立って、すべての人々に、仕えてくださったということである。
 さて身代金とは、イスラエルの人が、他国の寄留人に売られて捕らえられている時、売られた年から50年に一度の解放の年ヨベルまでを数えて、それによって買い戻す代金をいう。つまり捕らえられている人の命の代金である。この旧約聖書の身代金を例に挙げて、神の犠牲を主イエスの十字架で説明しているのである。
 主イエスの十字架とは、主が私たちの命の代金として、身代わりとして自らを犠牲としてくださった出来事なのである。ここに主イエスの私たちへの奉仕の根源があるのである。
 そして礼拝こそ、神がイエス・キリストによって人間への奉仕をしてくださっている場なのである。この奉仕への感謝を礼拝において表し、私たちも奉仕をこの世の生活の中で表していくのである。今年の教会テーマは「神への賛美」です。讃美歌の学びを通して、神を賛美し御言葉に聴きましょう。