【マタイによる福音書5章9節】平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。

 新型コロナウイルス感染の中で、今年も終戦の日を迎えました。終戦と言っても体験として分からない人たちがほとんどですが、だからこそ戦争の証言や歴史の真実を伝え、学ぶ必要があります。主イエスがこの山上の説教で「平和を実現する人々は、幸いである」と言われたのは、厳しい言葉です。争いのない所へ逃げて行って平安を得るのではなく、争いのある所へ出て行って、そこで平和を作ることが出来る人々は幸いだと言っているからです。しかも弟子や民衆に向って呼びかけられたのです。一度戦争が始まり、戦禍が及べば、民衆は戦火を避けて右往左往し、犠牲になります。それが戦争の経験でした。そのような無力と思える民衆に、主イエスは「あなたがたが平和を実現するのだ」と言われたのです。ここには、まず神との平和がなければなりません。心の中だけにとどまる平和ではありません。私たちの肉体も魂も、政治も、道徳も何もかもひっくるめて犯し続けられている罪、平和を破壊する罪が克服されなければなりません。その根源はひとつ、神との平和なくしてはすべて空しいのです。この平和の言葉が空しくなることのないように、主イエスは御自身の十字架の重みをかけられたのです。それ程の犠牲を主イエスに求めた私たちの現実があります。私たちを生かすために主イエスは死なれました。そして、天の父なる神は、これを甦らせたのです。