12/24説教「天に栄光、地に平和あれ」

12/24説教「天に栄光、地に平和あれ」<燭火礼拝>
鈴木憲二牧師
聖書:ルカによる福音書2章8-21節
讃美歌:258,263,264,28
闇は地を覆っている
クリスマスの出来事は、「夜」の出来事です。世界に「夜」があり、私たち自身にも「夜」があります。それも眠られぬ夜です。しかし、その夜の真っただ中に神の恵みの「光」が訪れました、それがクリスマスです。燭火礼拝の始めの言葉として「招詞」を読みました。「招詞」は礼拝への招きの言葉です。旧約聖書のイザヤ書60章1節、2節をお読みしました。
1起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り 主の栄光はあなたの上に輝く。
2見よ、闇は地を覆い 暗黒が国々を包んでいる。
しかし、あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる。
キリスト教では今日までがアドベントの期間で、明日がクリスマスです。明日と言ってもあと5時間ほどですが。教会の暦ではアドベントから1年は始まるとされています。皆さんにとって、この一年はどういう年でしたでしょうか。この1年の歩みを省みて、あなたにとって満足な年であったでしょうか。やり残したことがあるという思いでしょうか。この大磯教会にとっては、いろいろなことがあった年でした。一口に言えないほどですが、良い導きを与えられた1年であったのではないかと、私自身は思っています。しかし、世界を見ると、ウクライナやガザの人達、またロシアやイスラエルの人達にとっても闇のような1年であったでしょう。1年だけではなく、2年も3年もです。そして私たち一人ひとりにとっても明るく楽しいばかりの1年ではなかったはずです。私たち一人ひとりの中にも闇があるのです。虚勢を張ろうと思っても、弱さや、あらゆる衰えはそれを許しません。
イザヤ書という書物は、内容からして3人の人によって書かれたと考えられていますが、最後の第三イザヤが生きた時代は、ユダの民がバビロン捕囚から帰還し、荒れ果てた故国の再建をしようとするも、混乱の中で絶望的な状況であったのです。第三イザヤなる預言者は、神殿を再建して礼拝を守ることの大切さを語り続けたのでした。闇は地を覆い、暗黒が国々を包み込んでいるとしか思えない状況の中で、第三イザヤは語るのです。
「あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる」と。

それでは、私たちの父なる神は、「闇が地を覆い、暗黒が包んでいる」世界に生きている私たちをどのように救おうとされておられるのか、それを聖書から聞いてまいりましょう。聖書は、それは、光に照らされていない状態、神の言葉から離れている状態のことだと言っているのです。み言葉に生きていない、み言葉が浸透していない生活ということです。そして、その「闇」は隣の人を見えなくさせ、人間同士をバラバラにしてしまいます。そこでは、神の言葉や愛の力ではない、別の力が支配します。人に対する妬みや恨み、差別や優越感そして競争心などです。それらは、人を傷つけ、また自分をも傷つけます。そういう闇の力が支配している状態があります。しかし、そういう生活の部分をもっていない人はいないのではないでしょうか。その意味で誰もが「闇」を抱えているのです。

大きな喜びを告げる
キリストご誕生の聖書のメッセージを語ります。10節に、天使は、野原にいる羊飼いに伝えました。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」と。あなたが苦しい時、悲しい時、支えてくれる、慰めてくれる救い主、また独りの時、一緒にいてくれる救い主、もうだめだと諦(あきら)めそうになる時、勇気と希望をくださる救い主が生おまれになりました。確かにそれは、私たちにとって大きな喜びです。
クリスマスの夜、天の大群は神を賛美して歌いました。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御(み)心に適う人にあれ」(1節)。

 皆さん、ちょっとイメージしてみてください。その時、天を埋め尽くすほどの天使の群れとまばゆい輝きだったのではないでしょうか。けれども、その光景が誰にでも見え、天使の声が誰にでも聞こえたわけではありません。羊飼いたちにしか見えず、聞こえなかったのです。それを見、お告げを聞いた羊飼いたちは、ベツレヘムへと向かいました。「飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」イエスさまを探し当て、「主が知らせてくださったその出来事」(15節)を見るためです。
「地には平和、御心に適う人にあれ」
この「地には平和」。これこそ神さまの御心なのです。世界はどうなるのだろう?と不安を感じます。
「地には平和」。私たちもそのように祈らざるを得ないのです。私たちが、御心が天で行われるように、地上でも行われますように、と主の祈りで祈るのは大切な、尊い祈りです。 けれども、「地には平和」との御言葉の後で、天使はこう続けます。「御心に適う人にあれ」と。この言葉はどういう意味なのでしょう?神は、御心に適う人には平和を与えるが、御心に適わない人には与えないという差別でしょうか?そうではありません。神は、地上のすべての人に平和を望んでおられます。そのためにご自分の独り子イエスさまを生まれさせたのです。すべての人に平和を実現させるために。
そして神は、「地には平和」を実現するために協力する“人”を必要としています。 “平和を実現するために私を用いてください”と祈り、生きる人を必要としているのです。そのような人のあるところ、平和が実現していくと聖書は語っているのです。
「地には平和、御心に適う人にあれ」。神は、私たちを、平和を実現する器として用いることを望んでおられます。平和な世界と神のみ栄えは、私たち一人ひとりの小さな愛の光が集まって表わされるのです。
イエス・キリストの愛のご支配は始まっています。キリストがお生まれになったからです。三日前、21日の日曜日は大磯教会でクリスマス礼拝、そしてキリスト誕生のお祝いの会がり、そして午後、大磯クリスマスキャロリングが雨を心配しながら、曇りから、雨、そして最後に晴れ間が出ました。感動的なキャロリングでいた。合唱は、各自に与えられた声を共に持ち寄ることでハーモニーになります。ハーモニーは愛の力です。神が私たちに与えてくださった分に応じて、私たちも互いに愛し合う。よそ者を愛してもてなす。それは神をほめたたえるハーモニーとして響く。神は耳を傾けて聞いてくださるでしょう。そういうクリスマスの奇蹟が私たちにも始まっているのです。始めに、クリスマスは夜の出来事と言いました。クリスマスの夜に私たちのところに来た神の国、つまり神の支配は、今日、私たちにも迫っているのです。新しい一年が始まっています。「天に栄光、地に平和あれ」を願い求めて行きたいと願います。 お祈りします。

お祈り
主イエスキリストの父なる神よ。
クリスマス・イブのこの日、救い主の誕生を祝う大磯教会の燭火礼拝に集められ、心から感謝いたします。
様々な試練を受けた1年でした。世界の平和と程遠い現状です。しかしイザヤの預言が成就し、救い主イエス・キリストが与えられました。
どんな人でも救うために、主イエスさまは貧しく、どん底にお生まれになってくださいましたことを感謝します。おおよそ2000年前、暗闇の荒れ野にいた、あの羊飼いたちのように、立ち上がって「さあ、ベツレヘムへ行こう」と歩き出したその力強い思いを私たちにもお与えください。さびしい人たち、苦しんでいる人たち、病気の人たち、どうかみんなに主イエスさまから、平和と喜びと愛が満ち溢れるほど与えられますように。どうか、私たちを、そのためにお用いくださいますように、お祈りいたします。
クリスマスの主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

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