【コリントの信徒への手紙二12章10節】それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。
人間の性格は色々で、臨床心理士である藤掛明氏の著書『ありのままの自分を生きる』には、「背伸び・強行突破」型の人と、「甘え・へたり込み」型の人がいると書かれています。私の青年時代の先輩にも常に積極思考で、常に明るい見通しをもって積極的に進んで行くタイプの人がいます。会社の経営者で今も会長として頑張っています。ところで必ず来る失敗にどう対応するかが問題です。藤掛明氏は仕事をしているとき、野球の三割打者をイメージするようにしているそうです。すべての打席で会心のヒットは打てない。ただここぞというときにはヒットを打つ。そう思わないと、ついつい打率10割を目指してしまい、かえって打撃フォームを崩してしまう。また八勝七敗をイメージする。一つだけでも多く勝てばよいと自分に言い聞かせていると語っています。これは良いアドバイスだと思います。礼拝説教も三割心に響く説教が語られれば合格と思えばよいということです。使徒パウロは人生に痛みを感じていましたが、それを彼は「肉体のとげ」と表現しています。パウロはその痛みが取り去られるように祈りました。その祈りに対する神の答えは「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」でした。ここに人間の弱さの問題に対する神さまの答えがあります。「私が弱い時にこそ、私は強い」私たち人間は自分の弱さを知った時にはじめて、自分の外にある助けを求めるようになります。