1/15説教「人間をとる漁師」

はじめに

 大磯教会は1900年に大磯で創立され今年の6月3日で創立123年になります。大磯の町で福音を伝えてきましたし、これからも伝え続けます。ところで、大磯町とはどういう町でしょうか。地方に行って大磯町について聞くとあまり知識はないようですが、大磯ロングビーチのある町と言う人がいたり、歴史を知っている方は明治時代の避暑地で伊藤博文などの名前が出て来ます。同志社の同窓生は新島襄の終焉の地で、三大聖地の一つと言う人もあるでしょう。そして大磯に住んでいる人は、風光明媚で駅前が独特の雰囲気がある別荘地。海水浴場の発祥の地で、あまり生活に便利とは言えないけれど、この独特のステータスを感じさせるたたずまいが好きだという人が多いと思います。

ところで私の個人的な感じでは大磯は漁師町です。私は小学校3年生の時に、横浜から平塚市に引っ越してきて、花水川に近い平塚海岸の近くの、当時は砂浜に近いような土地に両親が家を建てたので、小学生、中学生の頃は平塚海岸で良く地引網漁を見ていましたし、自分も参加して取れた魚をもらったりしました。漁師が木造船を漕いで網を降ろして行くのです。そしてその網を砂浜でみんなで引っ張るのです。シラスが良く取れました。そして夏休みは大磯の照ヶ崎の磯で泳いだり港の堤防から飛び込んだりして遊んでいました。その頃の大磯港はもっと小さな漁港でした。帰りに氷屋さんでかき氷をよく食べたものです。大磯は漁師町と思っていました。主イエスが漁師であったペトロたちを弟子にしたこの聖書箇所を読むとき、子供の頃の平塚や大磯の海岸を思い浮かべます。今朝は、ルカによる福音書から、ガリラヤ湖の漁師の青年たちを弟子にする主イエスの御言葉から聞き取りたいと思います。

 

ペトロの船に乗り込む主イエス

シモン・ペトロは根っからの漁師でした。その日、仲間と夜通し漁をしましたが何も捕れず、苦労は徒労に終わり落胆しながらも網の手入れをしていたのです。黙々と網を洗っていたのです。一刻も早く身を横たえて休みたかったに違いありません。そんな朝、憔悴しきった漁師たちが網を洗っている一方で、ゲネサレト湖畔と記されていますが、ガリラヤ湖のことです。その湖畔には朝から大騒ぎしている人々の群れがありました。その中心にいたのは、ナザレのイエスと呼ばれるあの方です。主イエスを追い求めて大勢の群衆が押し寄せてきたのです。彼らは主イエスの宣べ伝える神の言葉を聞こうと集まってきたのです。漁師たちは、そんな群衆の騒ぎを尻目に、黙々と網を洗っていたことでしょう。するとあの方が近づいて来られたのです。そして、主イエスは、2そうの舟が岸にあるのを御覧になって、そのうちの1そうであるシモンの持ち舟にお乗りになり、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになったのです。主イエスの話を聞こうと集まって来た群衆に教えを語るためです。舟から話さなければならないほど群衆が多かったということです。シモンは、本当は、疲れているし漕ぎたくなかったかもしれません。しかし、実はシモンは主イエスと初対面ではありません。4章38節を見るとシモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたときに、主イエスに癒やしてもらったという話しが記されています。いわば主イエスには借りがあるのです。だからむげに断るわけにもいきません。シモンは主イエスをお乗せして、舟を少し沖へと漕ぎ出すことになりました。

 

神の言葉を聞く

ところで、福音書記者のルカは、1節で次のように記しています。

1イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。

福音書の著者であるルカは、主イエスが語る言葉をここでは、神の言葉と言っています。しかし、主イエスの周りに押し寄せた群衆は、神の言葉を聞こうとしていたのではないのではないか。群衆は主イエスの教えに権威を感じていたし、偉大なラビであると思ったでしょう。そして病気の癒やしや様々な救いを求めて集まったのです。神の言葉を聞くという自覚は恐らくなかったと思います。しかし、ルカにとって主イエスの語る言葉は神の言葉なのです。だから「神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た」と書いたのだと思います。旧約聖書を読むと、神の言葉を直接聞いた人物が登場します。神の言葉を直接聞く人は限られています。神は人を通して、人々に語るのです。たとえば旧約においては、預言者を通して語られます。福音書では主イエスを通して神は語っておられますし、パウロは手紙を通して伝道した多くの教会員に語っています。そして、私たちの場合は礼拝において説教者の口を通して語られます。聞き手が聞くのは人間が語る言葉です。その言葉を神の言葉と考える事が出来るのは信仰によります。そもそも神の言葉を人間が語ること自体があり得ないことです。しかし私たちは、神が人を介して語られることを信じ、神が説教者の貧しい口をとおして語られることを信じます。そこには聖霊の働きがあります。よく今日の説教のお話は自分に語っているように思ったとか、話しが心に入ったとか言われると、説教者は嬉しいのですが、それはその聖書の言葉が、その人の心の状況に共鳴したのだと思います。説教者の口を離れて御言葉自身が神の言葉として働かれているのです。聞く人が信仰によって神の言葉を聞くことを神は願われているのです。

自分が聞いた言葉を神の言葉とするかしないか、それは聞く人の自由です。主イエスが故郷のナザレの会堂で語られたとき、人々は、主イエスの語る恵み深い言葉に驚きましたが、「この人はヨセフの子ではないか」と言って、主イエスの語ったことを神の言葉と受けとめることはしませんでした。また、パウロがアテネのアゴラで哲学者たちに福音を語った時も、「それはまたあらためて聞くことにしよう」と言って神の言葉と受けとめることはなかったのです。自分の聞いた言葉を神の言葉と受けとめるか否か、それは聞く人の自由です。神が仲介者を通して語るということは、人間にこの自由を与えていることを意味しているのです。

 

お言葉ですから、網を降ろしてみましょう

4節5節にこう記されています。

4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われ

た。5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。

群衆への教えの後、主イエスはシモンに話しました。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と。もちろん主イエスはシモンたち漁師が夜通し漁をしても不漁で、疲労と落胆に沈んでいることは分かっておられたのです。その上で言われたのです。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と。明らかにシモンの内には大きな葛藤が生じたに違いありません。シモンはこう答えるのです。「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした」(5節前半)。

これは思わず口をついで出た、彼の心の叫びです。その意味するところは明らかです。さらに労苦を重ねることに何の意味があるのか、ということです。魚は、普通夜捕れます。昼間は、魚はほとんどいません。目に見える結果が出ることが分かっているなら、そのための苦労はどれほど大きくても人は辛抱するものです。あるいは、せめて実りが期待できるなら、その期待のゆえに人は苦労を引き受けるものです。昼間に行う漁のように、何も期待できないことのために苦労するのはイヤなのです。それが「何もとれませんでした」という言葉が示すシモンの心です。

しかし、シモンの言葉はそれで終わりませんでした。さらに彼は言いました。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」(5節後半)。5節の前半が彼の心の叫びであるのに対して、後半は彼の意志による決断を示しています。彼は心情に従わなかったのです。ともかく、沖へと漕ぎ出すのです。それが主の言葉であるから、ただそのゆえにその言葉に従ったのです。シモンは主の言葉に従い、沖に出ました。その結果、何が起ったでしょうか。おびただしい魚がかかり、網が破れそうになったほどの大漁だったのです。とにかく主の言葉に従った時、そこで奇跡が起りました。シモンは漁師の直感で、自然の秩序を支配する神の領域に触れたことを、ペトロは瞬時に悟り叫びます。「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深いものなのです」。明らかに、今日の記事は、シモン・ペトロが主イエスから召命をうけた場面です。

 

恐れることはない

何が起ったのでしょう。シモンは生ける神と出会ったのです。自分がまさに生ける神の前に立っていることを悟ったのです。それはいわば神の光が差し込んでくるようなものです。うす暗い人生に、神の光が差し込んでくると何が見えてくるのか。それは汚れです。自分の罪です。初めて自分がいかに不遜で傲慢に生きているかが見えてくるのです。シモンは、イエスの足もとにひれ伏して「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」(8節)と言わざるを得ない自分であることが見えたのです。

しかし、そこでシモンは驚くべき言葉を耳にしたのです。それは恐らく彼が生涯忘れることのできなかった主の御言葉であったでしょう。主はひれ伏したシモンに「恐れることはない」と言われました。「恐れることはない」。それはキリストを通して語られた神の宣言です。「恐れることはない」という言葉が神の側から語られるとき、人はもはや「主よ、わたしから離れてください」と言う必要がなくなるのです。「恐れることはない」という言葉が与えられるとき、神の現実の前に恐れおののかざるを得ない罪人が、再び頭を上げることができるのです。いや、シモンはただ頭を上げることが許されただけではありません。主イエスはさらにシモンに「今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(10節後半)と言われたのです。シモンはやがてその本当の意味を知ることになります。なぜならシモン自身、主によって生け捕りにされた者だからです。実りのない労苦の虚しさにうめいていた彼の人生に、主イエスが神の言葉を携えて入ってこられたのです。そして、彼を捕え真に生きる者としてくださったのです。さらにそのような主イエスの働きへと、彼は召されたのです。

 

一人ひとりが生きて輝くように

漁師であるシモンを「あなたを人間をとる漁師にする」と言われた主イエスは、大工には「あなたを人間を建てる大工にしよう」と言い、教師には「あなたを人間を育てる教師にしよう」と言い、医者には「あなたを人間を癒す医者にしよう」と、言ってくださるのだと思います。しかし、いずれ私たちは何もすることが出来なくなるかもしれません。一人で出歩くことも自分で食べることもできなくなるかもしれません。その時でも主を賛美して人のために祈ることはできます。主イエスの洗礼を受けた者は、人間をとる漁師にされたのですから。そのように召されているのです。

主イエスは、一人ひとりが生きて輝くように私たちを神に向かって、神の光の中へと召し出してくださるのです。このような人生の大きな目標を見出すことができる者は幸いです。主イエスと出会うことによって、私たちの日常生活のすべてが神の光の中で輝いているということに気づかされる者は幸いです。主に従うことの中で、私たちは笑顔の中に本当にかけがえのない今を生きているという実感を持つことができるのだと思います。

 

お言葉ですから網を降ろしてみよう

 シモン・ペトロは初代教会の中でも中心的な指導者になります。主のために大きな働きをなす人になりました。しかし、彼は決して忘れなかったに違いありません。すべてのことはあのゲネサレト湖畔にはじまったことを。あの時、主はこの私に語りかけられた。心の中で葛藤しながらもぶつぶつ言いながらも、ともかくあの方に従ったのだ。まことに不信仰極まりない、不従順極まりない、罪深い私が「お言葉ですから」と言って従ったのだ。そして主は私を赦し、人間を生け捕る漁師にしてくださった。そうしてシモン・ペトロはイエスを証し続けたに違いありません。それは私たちも同じなのです。新しい一年も御言葉を、私の言葉として受け入れ、「お言葉ですから」と言って従う1年でありたいと思います。祈ります。

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