2/18説教「最後の晩餐」

はじめに
今朝は、受難節第一主日の礼拝を捧げています。先週の水曜日2月14日は灰の水曜日と言われる日でした。その日から日曜日を含んで46日間、日曜日を別にすると40日間を受難節、レントと言います。そしてこの40日の根拠とされていますのは、主イエスが30歳になって、救い主メシアとしての公生涯にお入りになった時、最初に経験なさった荒れ野における40日の誘惑ということと、更には、出エジプトにおけるイスラエルの民の40年間の放浪に基づく数であったわけです。この期間は、キリストの苦しみに連なって、私たちに何ができるのかということを考える期間とされています。早速、今朝の御言葉の恵みにあずかりたいと思います。

イエスを殺す計画
ルカによる福音書22章2節に、祭司長たちや律法学者たちが、主イエスを殺そうと考えていたとありますが、それは、殺したいのだがどうしたらよいのか、なかなかそれを実行に移す機会がなくて困っていた、ということです。なぜそれを実行できなかったのか、その理由はその後に語られている「彼らは民衆を恐れていたのである」ということです。民衆を恐れるがゆえに、主イエスに手を出すことができなかったのです。主イエスは民衆に人気があったのです。民衆は皆、話を聞こうとして、神殿の境内にいるイエスの下に朝早くから集まって来たのです。神殿は多くの民衆が集まる所であり、その人々が喜んで主イエスの話を聞いている限り彼らも手を出せない、そういう意味では最も安全な場所でもあったのです。民衆の支持を失うことを恐れている指導者たちは、彼らの面前で主イエスを捕えることができなかったのです。しかし、主イエスをどうやって捕えたらよいか考えあぐねていた祭司長や神殿守衛長のもとに、主イエスの十二人の弟子の一人であった、イスカリオテと呼ばれるユダが行って、主イエスを彼らに引き渡す相談をもちかけたのです。それは6節にあるように、「群衆のいないときにイエスを引き渡そう」という相談です。彼らは喜んで、ユダに金を与えることに決めました。イエスの側近であるユダの手引きがあれば、民衆の見ていない所で主イエスを捕えることができると彼らは小躍りして喜んだのです。このように、弟子の一人であるユダの裏切りによって、主イエスの十字架の死への動きが俄に加速していったことがここに語られています。

過越祭と言われている除酵祭
ところで、主イエスの十字架の死は、過越祭ないし除酵祭の時に起ったと記されています。この祭の持っている意味が、主イエスの受難、十字架の死と深く結びついているのです。この祭が行われるようになった起源とその意味を語っているのが、先ほど司式者が長い箇所を読みました出エジプト記の第12章です。その2節にこうあります。「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」。つまり過越祭ないし除酵祭が行われるこの月が、イスラエルの民の新年、正月と定められたのです。それは、イスラエルの民が新しく歩み出す、という重大な出来事がこの月に起ったからです。その重大な出来事とは、それまで奴隷として苦しめられていたエジプトからの解放です。出エジプト記はその出来事を語っているのです。主なる神によって遣わされたモーセは、主なる神がエジプトに下す数々の災いを告げ、イスラエルの民の解放を要求しました。しかしエジプト王ファラオはなかなか解放を認めませんでした。最後に行われたみ業、このことによってイスラエルの民はエジプトの奴隷状態から解放されたわけですが、その決定的なみ業がこの12章に語られているのです。そのみ業とは、エジプト中の初子、最初に生まれた男の子を、人も家畜も含めて、神が全て撃ち殺すということです。それまで様々な災いを体験しても頑なにイスラエルの解放を拒んでいたエジプト王ファラオも、この決定的な災いによってついに屈服したのです。そしてこの恐ろしいみ業を行なうに際して主なる神は、イスラエルの民に、それぞれの家で小羊を屠り、その血を家の入り口の柱と鴨居に塗るようにお命じになりました。その血の印がイスラエルの民の家の目印となって、神はその家を何もせずに通り過ぎたのです。そのようにして、エジプトの全ての初子が撃ち殺されたのに、イスラエルの民の中には一人も死んだ者はいなかったのです。この出来事によって、イスラエルの民のエジプトからの解放が実現したのです。小羊の血の印によって神がイスラエルの民の家を通り過ぎる、それが「過越」です。そのことによってエジプトの奴隷状態からの解放という救いが与えられたことを記念して、この月がイスラエルの正月と定められ、「過越祭」を行うことが定められたのです。そこでは、小羊が屠られ、その血が家の入り口の柱と鴨居に塗られます。そしてその小羊の肉と、その他いくつかここに定められているものを、家族みんなで食べる、それが「過越の食事」です。その救いを思い起こし、感謝し、主なる神の民としての自覚を深める、それが過越祭です。そして、過越祭から七日の間、酵母を入れないパンを食べるというのが除酵祭です。なぜ酵母を入れないパンを食べるのか。その理由は、彼らがエジプトから追放されたとき、ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかったからです。酵母を入れてパンを発酵させている時間がなかったのです。そのことを記念するために、この祭りの期間は酵母を入れないパンを食べるのです。ですから除酵祭も、過越祭と同じく、奴隷状態からの解放を記念する祭りとしてし、この二つの祭は分ち難く結びついているのです。

イスカリオテのユダの中にサタンが入った
イスラエルの民は、過越祭、除酵祭を守りつつ、主なる神によるこの救いの出来事を記念し、感謝し、それにあずかる民として歩んできました。そして、これらの祭が先取りし、予告し、指し示していた救いが、主イエスの十字架によってこそ実現、完成したのです。それゆえに、主イエスの十字架は、過越祭、除酵祭の時にこそ起るべきことだったのです。祭司長や律法学者たちは、なんとかして主イエスを殺してしまおうと思っていましたが、民衆を恐れていたので手が出せませんでした。過越祭、除酵祭の時というのは、多くの民衆がエルサレムに集まって来る時です。だからこの祭の間はまずい、それが終わってから何とかしよう、と彼らは考えていたのです。それゆえに、3節の「しかし」が大きな意味を持っています。ユダが手引きを申し出たことによって、民衆の見ていない所でイエスを捕える可能性が生まれたのです。その結果、この祭のさなかに、主イエスの十字架の死が実現していったのです。主イエスの十字架は祭司長や律法学者たちの思いの実現でしたが、しかし彼らのもともとの思いにおいては、それは過越祭、除酵祭の後に起るべきことだったのです。ところが、思いがけない仕方で、この祭の間にそれが実現することになったのです。

サタンの策略を超えて
そのきっかけを作ったのがイスカリオテと呼ばれるユダでした。ユダの裏切りによって、主イエスは過越祭、除酵祭のさなかに十字架につけられることになりました。このユダは聖書を読む人々の間に古来様々な興味を引き起こしてきました。ユダはなぜ主イエスを裏切ったのか、その思いは何だったのか、中にはユダの裏切りによって主イエスが過越祭、除酵祭の間に十字架につけられるという意味深い出来事が実現したのだから、ユダはむしろ救いの出来事のための功労者ではないか、という者もいました。また、ユダこそ実は主イエスの最も信頼していた弟子であり、主イエスがユダに命じて自分を裏切らせ、十字架の死が実現するようになさったのだ、ということが語られたりもしました。しかし教会が正典として受け入れた文書、つまり私たちが「聖書」として読んでいる諸文書においては、ユダのことは大変控え目にしか語られていません。つまり聖書は、ユダのことにそう深い関心を寄せてはいないのです。ルカはこの福音書の続きである使徒言行録の第1章で、ユダの悲惨な死を語っていますが、ルカは、ユダが主イエスを裏切り、その報酬として金を受け取り、最後は悲惨な死を遂げた、ということのみを語っているのです。そのような控え目な語り方の中で、ひときわ目立っている言葉が3節にあります。「しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った」。この「ユダの中にサタンが入った」ということは、ルカのみが語っているのです。つまり、ルカは、イスカリオテのユダの裏切りはサタン、悪魔の働きによって起ったと言っているのです。ユダの裏切りは、彼が金目当てに人を裏切る極悪人だったとか、主イエスに恨みを抱いていたとか、あるいは、主イエスがローマの支配からイスラエルの民を解放する救い主として立ち上がるのを促すために裏切ったのだとか、そういうユダの心情によってではなく、サタンの力、働きによって起ったのだ、と言っているのです。そういう意味ではそれはユダでなくても、ペトロでもヨハネでもよかったのだと言えるでしょう。そこから私たちが聞き取るべきことは、私たちの誰にでも同じことが起るということです。ユダのことを特別な悪人と考えてしまうことは、自分はユダほどの悪人ではない、という根拠のない安心感につながりかねません。そうではなくて、私たちの誰もが、サタンに支配されて主イエスを裏切る者となり得るのです。ルカはそのことを語ろうとしているのだと思います。神の救いのご計画が、サタンの思い、力、策略をも用いて実現している、そのことをルカは語ろうとしているのです。

過越の食事
14節以下は、いわゆる「最後の晩餐」の場面です。その最後の晩餐は「過越の食事」でした。その意味については、先ほど出エジプト記12章でお話ししました。その過越の食事を、主イエスは十字架の死の前夜、弟子たちと共になさいました。15節で主イエスはこう言っておられます。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた」。この過越の食事は、主イエスの強い願いによって行われているのです。
主イエスは弟子たちとこの過越の食事をすることをなぜそんなに強く願われたのでしょうか。主イエスは勿論、これが弟子たちと一緒に取る最後の食事となることを知っておられました。これが最後の、お別れの食事になるから、ということも言えるかもしれません。しかし主イエスの強い願いはそういうことから来たのではないことが、この食事の席でのお言葉から分かるのです。先ほどの15節に続いて16節では、「言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない」と言っておられます。このことが、弟子たちと共に過越の食事をしたいと切に願っておられたことの理由なのです。次の17、18節にも同じような言い方が出てきていることに注目したいと思います。17、18節にこうあります。「そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。『これを取り、互いに回して飲みなさい。言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい』」。16節の方では、「神の国で過越が成し遂げられるまで」と言われていたことが、18節では「神の国が来るまで」と言い換えられています。神の国が来るというのは、神による救いが完成することです。その救いの完成のことを主イエスは、「神の国で過越が成し遂げられる」と言い表しておられるのです。過越とは、先ほど見たように、エジプトの奴隷状態にあった民が、主なる神の大いなるみ業によって解放され、救われたということです。つまり、過越のみ業はまだ完成していないということです。主イエスは弟子たちと共に過越の食事をとりつつ、今、記念している過越が成し遂げられ、完成する時が来ることを、しかもそれまでは過越の食事をすることはないとか、ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまいと言うことによって、その完成が差し迫っていることを弟子たちに告げておられるのです。その過越の完成のために、主イエスは今、十字架の死への道を歩もうとしておられるのです。過越の小羊が犠牲となって死ぬことによってイスラエルの民の解放、救いが実現したように、罪に支配されその奴隷状態に陥っている生まれつきの人間がその支配から解放され、罪赦されて新しく生きるために、神の独り子であられる主イエスが、まことの過越の小羊となって死んで下さるのです。過越のみ業は主イエスの十字架の死によって今やまさに成し遂げられ、完成しようとしています。そのことを教え示すために、主イエスはこの過越の食事を、十字架の死の前の晩に、弟子たちと共にすることを切に願い、その席を整えさせたのです。

わたしの血による新しい契約
主イエスの十字架の苦しみと死とによって、つまり主イエスが過越の小羊として死んで下さることによって、今や過越が成し遂げられ、神による救いのみ業が実現しようとしています。その救いの恵みに弟子たちを、そして私たちをあずからせるために、主イエスはこの過越の食事の席で、パンと杯を取り、それに特別な意味を持たせて分け与えて下さいました。それが19節以下に語られていることです。 主イエスの血が、罪に支配されてしまっている人間の救いのために流されるのです。過越の小羊の血が目印となってイスラエルの民の初子の命が守られ、エジプトからの解放が実現したように、主イエスが十字架にかかって血を流して死んで下さることによって、罪の支配からの解放、赦しという救いが実現するのです。この杯から飲むことによって、その救いにあずかることができるのです。聖餐については、聖餐式の度にその制定の意味を語っているので、これ以上は触れませんが、20節で「わたしの血による新しい契約」と言われていることにも注目しなければなりません。聖書における神とその民との関係は契約の関係です。それは私たちが普通対等な人間どうしの間で結ぶ取り引きの契約とは違います。人間は神と対等の立場で取り引きをできるような者ではないのです。この契約は神が恵みによって与えて下さるものです。しかしそれが契約と呼ばれるのは、それを結ぶことによって双方に、それを守り行う義務が生じるからです。つまり神は、人間と契約を結ぶことによって、それを行う義務を負って下さったのです。 旧い契約の相手は、イスラエルの民という一つの民族でした。しかし新しい契約の相手は、イエス・キリストを信じる者たちです。新しい契約によって、新しい神の民が生まれるのです。その先頭に立っているのが、この過越の食事に主イエスによって招かれた弟子たちです。彼らから、罪の奴隷状態から解放され、赦しを受けて神の祝福の下を生きる新しい神の民である教会の歴史が始まるのです。「使徒」というのは「遣わされた者」という意味の言葉です。主イエスによってこの過越の食事へと招かれた彼らは、主イエスの十字架と復活を経た後、聖霊の力を受けて、全世界へと遣わされていったのです。しかし、彼らも、特別に清く正しい人などではない、罪と弱さをかかえた普通の人間だったのです。しかし、彼らは新しい神の民の先頭に立つ使徒となったのです。
神の招きに応えて洗礼を受け、主イエスによる救いの恵みを告げるみ言葉を毎週新たに聞きつつ主イエスの父である神を礼拝し、その恵みの中で主の食卓に共につき、主イエスの十字架の死による過越の完成の恵みを味わいつつ生きることが私たちの信仰生活です。私たちの交わりの絆、それは、主イエス・キリストの十字架による罪の赦しという神の救いのみ業です。目に見えることとしては、主の食卓に招かれ、共に聖餐にあずかっている、という事実です。教会とは、主の食卓に共にあずかる群れなのです。私たちがこの食卓に着こうと思ったのではありません。主イエスご自身が、私たちを聖餐の食卓に招こうと、切に切に願って下さったのです。ですから、私たちは、私たちの親しさや疎遠さ、気が合うとか合わないとか、仲が良いとか悪いとか、それらのことを乗り越えて一つとされるのです。主の食卓にあずかる群れとしての交わりを、ここに集っている者どうしの間に、主の導きによって築いていくことが、私たちに与えられている恵みに満ちた課題なのです。お祈りします。

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