はじめに
先週の3月5日の水曜日は灰の水曜日と言われ、その日から受難節(レント)に入りました。キリストの苦しみと十字架の死を記念する期節です。信仰から離れていた者たちが、悔い改めと赦しを通して再び和解を与えられて教会の交わりへと回復される時として、昔から大切にされています。ところで、先週は私にとっても、また大磯教会にとってもある意味受難の時でありました。7日金曜日は大磯教会と関係のあるお二人の方が逝去されました。早朝に大磯教会にゆかりの婦人が亡くなられたと聞いて、入院していた小田原のホスピス施設に急行し、親族と共にご遺体に面会し、祈祷を捧げ、葬儀社に後を託し、それから、すぐに、その日予定の世界祈祷日の礼拝に平塚教会の会場に向かいました。私が説教の奉仕を頼まれていたので、それが終ってから、大磯教会で葬儀の相談を行ないました。本人の御意志でもあったので、葬儀は行わず、火葬前の式だけを私が行い、主の御手に委ねることになりました。そして帰宅して聖日礼拝の準備と今日の午後の上棟式の式順などの準備をしてその日は疲れ切って寝た訳です。そして昨日の土曜日に教会で週報等の印刷など準備をしてメールを確認したところ、同じく7日(金)に大磯教会の前任牧師のT・K隠退教師逝去の訃報を確認しました。同時に奥様であるT・T牧師からも直接逝去の連絡を受けました。早速、メールの連絡網で教会員へ連絡した次第です。念のためにと言って神奈川連合長老会議長からも連絡がありました。逝去されたT・K牧師は、私を招聘して下さった時の主任牧師であり、私が補教師で聖餐式を執行できなかった約3年の間、F隠退教師と交代で隔月で大磯教会の聖餐式や説教を担ってくださいました。数年前までは牧師会で毎回お会いし、私の出した『聖書のたとえ話』の本に対しても「本格的な力作だね」とほめていただいたことが嬉しく思い出されますが、けがをしてから長い間の闘病生活でしばらくお会いしていませんでしたが、13日の葬儀でお別れと感謝をささげたいと思っています。そしてもう一人の逝去された「大磯教会にゆかりの婦人」と言いました方については、そのお兄さんが2か月ほど前に訪ねて来られ、あらかじめ葬儀の依頼がありました。数か月前から77歳の妹が不治の病で、終末期医療を受けているが、医者からはもう長くないと宣告を受けているが、大磯教会で葬儀を御願いできるかと相談に来られたのです。お聞きすると病気のご本人の姉は大磯教会で受洗され、お母さまの葬儀も大磯教会でなさったと聞きました。そして相談に来られた兄さんと亡くなられた妹の方は大磯教会が1960年まで行っていた照が崎幼稚園の卒園生であることが分かりました。教会というのは、牧師は代わって行く訳ですが、自分の代ではない時の教会員やゆかりの人びとも大切にして行かなければいけないと改めて思った次第です。その方は妹の卒園証書を持参してこられましたが、教会で幼稚園の名簿などの保存ができているのか少し不安にもなりました。前説が長くなりましたが、受難節最初の礼拝の聖書箇所から御言葉の恵みに与りたいと思います。
ペトロの三度の否認
今朝の箇所は二つの場面に分けられます。小見出しでも分けられていますが、63~65節と66~71節です。63~65節は、場面としては54~62節と同じ、大祭司の家での出来事ですから、両者を切り離して読むことはできません。その54~62節では、ペトロが「主イエスを知らない」と言ったことが語られていました。主イエスが人々に捕らえられ大祭司の家に連行されると、ペトロはこっそりついて行って、大祭司の家の中庭に入りました。しかしその大祭司の家の中庭で、周りの人たちから問いただされたペトロは、三度「主イエスを知らない」と答えました。「三度」とは「完全に」ということです。ペトロは完全に主イエスとの関係を否定したのです。そのようにペトロが答えたのは、彼が恐れと不安に支配されていたからです。主イエスと同じように自分が捕らえられることを恐れ、また大祭司の家の中庭で孤立し、周りの人たちから注がれる敵意ある視線を恐れました。ところがそのペトロを、主イエスが振り向いて見つめられたのです。主イエスが見つめてくださったことによってペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」という主イエスの言葉を思い出します。そして大祭司の家の外に出て、激しく泣いたのです。そこまでが先週の礼拝で語ったことです。
主イエスと神との関係を問う
さて、夜が明けて、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちが集まって来て、最高法院が開かれました。「サンへドリン」と呼ばれるこの最高法院は、ユダヤ人たちの最も権威ある決定機関ですが、集まっているメンバーから分かるように、政治的な決定のみでなく、むしろ宗教的な決定を下すのです。当時のユダヤにおいては政治と宗教は切り離すことはできません。しかし当時政治的にはローマ帝国に支配されていましたから、最高法院はもっぱら宗教的な面での権威しか発揮できなかったのです。そこにおいて行われた主イエスの裁判で問われたのはまさに宗教的、信仰的な事柄です。言い換えれば、神との関係におけることです。主イエスが、神とどのような関係にあるのかが問題とされたのです。 先ず問われたことは、「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」ということでした。「メシア」とは「油注がれた者」であり、神から特別な務めに任命された者、ひいては「救い主」を意味しています。つまりこの問いは、「お前は自分を神から遣わされた救い主だと言うのか、そうならそうとはっきり言え」ということです。それはまさに主イエスがご自分と神との関係をどうとらえているのか、という問いであるわけです。
この問いに対して主イエスは、「わたしが言っても、あなたたちは決して信じないだろう。わたしが尋ねても、決して答えないだろう」とおっしゃいました。それはまさに主イエスがご自分と神との関係をどうとらえているのか、という問いであるわけです。彼らは主イエスに問うているけれども、その答えを聞いて信じようとは全くしていないのです。彼らが考えているのは、イエスを有罪にするための材料を得ようということだけです。この方が救い主なら、従って救いを得ようなどとはこれっぽっちも思っていない、批判材料を得るためだけに問うているのです。しかし本来、イエスが救い主キリストであるかどうかを問うというのは、もっと真剣な、自分の生き方、人生の全てがそこにかかっているような問いであるはずです。その問いへの答え次第で、自分の生き方が変わり、新しい人生が始まるような問いであるはずです。そういう人生をかけた真剣さがこの問いには全くありません。ここはある意味では大変深刻な場面ですが、語られている言葉は全く真剣でない、まことに軽い問いでしかないのです。そういう問いには主イエスはお答えにならないのです。主イエスへの問いは自分の生き方、人生の全てがかかっているような問いだというのは、言い換えれば、主イエスに問うことによって逆に主イエスから問われ、答えを求められる、そういう問いだということです。
人を裁くことの難しさ
主イエスをメシアあるいはキリストとして信じるということは、私たちの毎日の生活において主イエスを王として迎えているということです。私たちの生活の中に、王としてのキリストの支配をきちんと素直に受け入れる、それが出来ているかが問われているのです。主イエスを裁いた人々は、それが出来なかったのです。だから主イエスを殺したのです。それならば、私たちは一度も主イエスに支配されているということは邪魔だなどと思ったことがないのだろうか。むしろやはり、自分の生活は自分が支配するとか、あるいは主イエスではなくて、何か別の考え方、別の誰かに支配されていると思って諦めているところがあるのではないか。少なくとも、主イエスと並んで、さらに別のものの支配をも受け入れているのではないか。人の子イエスを信じるということは、自分が生きている今、この世においても、そして自分が死んでしまった後においても支配されるのは主イエスだということを信じることです。しかし、自分の死後を思うときにも、この主イエスに対する信頼が変わらず貫かれているか。そして私たちは主イエスという方を神の子、つまり神そのものとして信じているだろうか。教会に来て信仰を与えられるということは、言ってみれば、主イエスが自分にとって王であり、支配者であり神であるということを認めるということです。そのことが問われているのです。
ここで改めて考えなければならないことは、私たちの不信仰もまた、何よりも主イエスを裁くことにおいて表れます。私たちが神を信じられなくなる。主イエスについて間違った判断をする。つまり主イエスを裁き始めるということです。そしてその主イエスに対する私たちの不信仰の裁きは、結局のところ、主イエスをもう一度殺すということになるのです。人を裁くということは、実にしばしば自分の正しさを主張しようとするだけのことが多いものです。だから、自分の正しさを証明する言葉には耳を傾けるけれども、自分の正しさをひっくり返してでも相手の正しさが明らかになるような言葉には絶対に耳を傾けようとはしなくなる。親が子を裁く時もそうです。教師が学生や生徒を裁く時に、実にしばしば、ただ教師の側の正義の主張だけに終わるのです。人の言葉を聴くとうことの大切さと難しさとを、私たちはよく知らなければならないでしょう。
問いかけること、問いかけられること
本来、主イエスに問いかけることは、主イエスから問いかけられることを伴います。主イエスに「あなたは救い主ですか」と真剣に問うことは、主イエスから「あなたは私を救い主だと信じるか」と問いかけられることを伴うのです。私たちが色々なきっかけを通して聖書や教会に関心を持ち、教会の礼拝へと足を運ぶと、そこでは説教において「イエスは救い主である」と語られています。しかし私たちはそれを聞いてすぐに、イエスは自分の救い主である、と信じられるわけではありません。むしろ「本当にそうなのだろうか」と疑問に思うのではないでしょうか。そこから私たちは、「イエスは自分の救い主なのだろうか」と問いつつ、あるいは「あなたは私の救い主なのですか」と主イエスに問いかけつつ、聖書を読んだり、礼拝で説教を聞いたり、教会の人たちと交わりを持ったりして歩んでいきます。自分で本を読んで勉強することもあるかもしれません。そのように歩んでいく中で、あるとき私たちは、主イエスから「あなたは私を救い主だと信じるか」と問いかけられていることに気づきます。この問いかけに、「はい、私はあなたを救い主だと信じます」と答えるのが、信仰を持って生きるということです。知識を積み重ねてイエスは救い主だと理解することが、信仰を持って生きることではありません。このように私たちが主イエスに真剣に問いかけるとき、主イエスに問いかけているようで、実は主イエスから問いかけられています。しかしサンヘドリンの議員たちは、主イエスを陥れるために問いかけているに過ぎませんでした。主イエスに問いかけることは、主イエスから問いかけられることだとは思いも寄らなかったのです。だから主イエスは自分が問いかけても、彼らは決して答えない、と言われたのです。
全能の神の右に座る
主イエスはさらにこのように言われました。69節です。「しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る」。「人の子」は、主イエスがご自分のことを呼ぶときに用いた言葉、称号です。ですから「今から後」、ご自分は「全能の神の右に座る」と言われていることになります。主イエスのこの言葉は、「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」という議員たちの問いかけへの答えというより、主イエスの宣言です。主イエスはご自分がこの後、十字架に架けられて死なれ、復活され、天に昇られて、全能の父なる神の右に座られることを宣言しているのです。父なる神の右に座るとは、主イエスが父なる神に等しい者として、父なる神から委ねられて、この世界を支配されるということです。このことにおいて、共に読まれた旧約聖書詩編110編1節のみ言葉、「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう」が実現しました。主イエスの十字架と復活と昇天を通してこのみ言葉が実現し、天におられ、神の右に座しておられる主イエスがこの世界を恵みによって支配される。主イエスはこれからこのことが自分の身に起こると、このことが自分において実現すると宣言されたのです。主イエスが「私はメシアである」と言っても、議員たちは決して信じないし、主イエスが「私をメシアだと信じるか」と尋ねても、彼らは決して答えることはありません。しかし主イエスがメシアであることは、救い主であることは、この後、主イエスが十字架で死なれ、復活され、天に昇られ、神の右に座して、私たちの救いを成し遂げてくださることによって明らかになるのです。と言っても、私たちは自分の目で、主イエスが神の右に座していることを見られるわけではありません。主イエスを救い主だと信じるとは、自分の目では見えなくても、主イエスの十字架と復活と昇天によって実現した救いを信じ、神の右に座しておられる主イエスの恵みのご支配を信じることです。主イエスの「しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る」という宣言を信じることなのです。そうであれば主イエスは、「あなたはこの宣言を信じるか」とも問いかけているのではないでしょうか。