3/30説教「十字架を背負ったシモン」

はじめに
今日は受難節第4主日の礼拝です。そして教会の歩みとして2024年度の最後の礼拝になります。今、牧師館と事務室、建物全体の塗装工事を行っており、外観はもうほとんど出来上がっていますが、建具や内装工事そして建物全体の屋根・外壁の工事に取り掛かっています。5月の完成が楽しみです。ところで、私が大磯教会で牧会している15年間に2度も教会建築に関わっていたということを考えると、期せずしてそれが私の大磯教会での使命であったようにも思えるのです。
今朝の説教の御言葉、ルカによる福音書23章26以下で語られているのは、主イエスが十字架に架けられる途中であった出来事です。説教題に「十字架を背負ったシモン」と掲げたように十字架ということがテーマです。実は10年前に礼拝堂の増改築工事が出来たことは色々な面で嬉しいことでありましたが、特に良かったと思うことは、屋根の上に小さいながら尖塔が作られ十字架が取り付けられたことです。今では、元からあったと思っている方が多いかもしれませんが、改築前には無かったのです。たまたま今、工事の足場が再び組まれて、改めて前回の工事の時に取り付けられた尖塔の上の十字架を眺めて、私は密かに誇らしく思っています。やはり教会には十字架が似合うのです。教会のシンボルはやはり十字架なのです。教会に十字架は一つだけであるべきだと言う議論も今となっては懐かしい思い出です。早速、今朝の「十字架を背負ったシモン」の個所から御言葉の恵みに与りましょう。
十字架を背負ったシモン
主イエスは十字架を背負わされゴルゴダへと歩まれました。しかしその途中で、キレネ人シモンが代わりにその十字架を背負うことになります。主イエスがもはや十字架を背負えないほどに弱っていたからです。マルコ福音書やマタイ福音書によれば、ピラトが主イエスを兵士に渡すと、兵士は主イエスを鞭で打ちました。この鞭打ちから十字架刑は始まります。そしてこの鞭打ちは、それだけで死んでしまうこともあるほど激しいものであったらしいのです。すでに主イエスは逮捕された後、大祭司の家で見張りの者たちから殴られていました(22章63節)。それに加えて死んでしまうこともあるほどの厳しい鞭打ちを受けられて、主イエスは十字架を背負えないほどに衰弱しておられたのです。そこで兵士たちはキレネ人シモンを捕まえて、主イエスの十字架を背負わせ、主イエスの後ろから運ばせたのです。キレネというのは、現在のリビア(北アフリカ)のことです。紀元前6世紀にイスラエル王国が滅亡すると、ユダヤ人は各地に離散しましたが、キレネにもユダヤ人の共同体が出来たようです。シモンは過越祭なのでキレネからエルサレムに巡礼に来ていたのかもしれませんし、キレネ出身だけどエルサレムで暮らしていたのかもしれません。いずれにしても大切なことは、シモンにとって思ってもみなかったことが起こったということです。たまたま主イエスが刑場に引かれていくのに出会い、何の気なしにその様子を眺めていたら、突然兵士たちに捕まって、主イエスの代わりに重い十字架を背負わされることになったのです。シモンにとっては、とんでもない災難でしかありません。しかしルカ福音書は、このシモンの姿を通して、主イエスの弟子とはどのように生きることなのかを伝えようとしています。この福音書の9章23節で主イエスは弟子たちに、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われていました。ですから主イエスの十字架を背負って歩んだシモンの姿に、主イエスについて行く者の姿が、重ね合わされているのです。
ところで、シモンは自分から進んで主イエスの十字架を背負ったわけではありません。自分の意志によってではなく、無理矢理背負わされてしまったのです。しかしまさにそこにこそ、ルカが彼の姿に信仰者のあり方を見た理由があると言えると思います。十字架を背負って主イエスに従うことが信仰ですが、「よしこれから十字架を背負って主イエスに従っていこう」と最初に決心して信仰者となった、という人はいないのではないでしょうか。私たちはいろいろなきっかけによって教会に集うようになり、主イエス・キリストと出会い、その中で主イエスこそまことの神であり救い主であられる、この方と共に生きることにこそ真実の救いが、喜びが、慰めがある、と信じるようになって洗礼を受けるのです。そしてそのように主イエスを信じる者となっていく中で、救いの喜びに生きることは同時に自分の十字架を背負って主イエスに従うことでもあるのだ、ということに気付かされていくのです。十字架を背負って従おうと自分で決意するのではなくて、主イエスの救いにあずかって生きていく中で、救いの喜びと共に背負うべき十字架が与えられていることを示されていくのです。ですから私たちは誰もがある意味で、自分の意志によってではなく、十字架を背負わされるのです。なぜ自分がこんな十字架を背負わなければならないのか、と思うことがあります。こんなはずではなかった、とさえ思うのです。しかしそこで、その十字架を放り出すのではなくて、「自分の十字架を背負って私に従いなさい」という主イエスのお言葉を聞き、自分でも改めて与えられた十字架を自覚的に背負う者となる、私たちは誰もがそのようにして信仰者となっていくのではないでしょうか。シモンにもそういうことが起ったのだと思います。「キレネ人シモン」という名前がこうして残されています。それは、シモンが後にキリスト信者となり、教会の一員となったことを示しています。シモンは、主イエスの十字架を無理矢理に背負わされ、主イエスの後を歩んだ、その体験がきっかけとなり、主イエスの復活の後、信仰者となったのです。本当の意味で、十字架を背負って主イエスに従う者となったのです。そのように彼の人生を変える出会いがここで与えられたのです。
嘆き悲しむ婦人たちとは
さて、シモンと同じように、引かれていく主イエスに従ったと語られている人々、それが民衆と嘆き悲しむ婦人たちです。民衆の方は、自分たちが十字架につけろと要求したイエスの最後を見届けようとしてついて来たのです。しかしその中に、嘆き悲しむ婦人たちがいました。この婦人たちに、主イエスが語りかけたお言葉が、28節から31節です。28節の冒頭に、「イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた」とあるように、このお言葉は嘆き悲しみつつ泣いている婦人たちに対して語られたものです。28節後半の「わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け」、このことを主イエスは語っておられるのです。29節以下はその理由です。この婦人たちがどういう人々だったのかは議論があるところです。一つは、この人々は主イエスに従ってガリラヤからずっと共に旅をし、その一行の世話をしていた婦人たちだ、という説です。49節に「ガリラヤから従って来た婦人たち」が主イエスの十字架の死を遠くに立って見ていたとあります。ここに出てくるのもこの婦人たちだと考えるのです。つまり彼女たちを、主イエスの苦しみを純粋に嘆き悲しみ、涙を流している人々として理解するという読み方です。しかし他方に、この人たちはいわゆる「泣き女」であって、葬式など人の死の場面において派手に泣いてみせることによって嘆きを表すことを習慣としていた人たちだったのではないか、という考え方もあります。「泣き女」たちがその引かれていく沿道で嘆いてやっていたのではないか、というのです。そうであれば彼女たちの「嘆き悲しみ」は心からのものではない、主イエスを信じる信仰のゆえにその苦しみと死を嘆き悲しんでいるのではない、ということになります。28節で主イエスが彼女らに「エルサレムの娘たち」と呼びかけていることからして、ガリラヤからずっと従って来た人たちだったとは考えにくい、ということがあります。またそのガリラヤから従って来た婦人たちは49節で「遠くに立って」いたと語られているわけで、その人たちが、主イエスが引かれていくこの場面においては言葉を交わせるほど近くにいるというのは不自然だとも言えます。これらのことから、この人たちは「泣き女」だったという読み方の方が当っているようにも思われるのです。しかしいずれにしても、彼女らは十字架につけられるために引かれていく主イエスのために嘆き悲しみ、泣いていたのです。しかし主イエスは、あなたがたが本当に嘆き悲しみ、泣かなければならないのは私の苦しみや死ではない、あなたがた自身と子孫たちのためにこそ、嘆き悲しみ、泣くべきなのだ、とおっしゃったのです。これはどういう意味なのでしょう。
自分のためにこそ泣け
イスラエルの女性たちにとって、子供を産み、育てることができることは神の祝福の印でした。逆に子供が与えられないことは嘆き悲しみの原因だったのです。ところが、それらの人々の方が幸いだ、と言う日が来る、つまり神の怒りによる裁きの日には大きな苦しみが襲う、その時には、子供をかかえている人の方がより大きな苦しみを負うことになる、ということです。30節も、この裁きの日を見つめての言葉です。ここには旧約聖書ホセア書10章8節が引用されていますが、ホセア書も、神の裁きが下る時には、山や丘が自分の上に崩れてきて生き埋めにされてしまう方がまだましだと思うような苦しみが襲う、と言っているのです。31節の「『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか」というお言葉はちょっと難しいですが、おそらく「生の木」とは主イエスのことで、主イエスでさえこのような十字架の苦しみを受けなければならないなら、「枯れた木」であるあなたがたにはいったいどんな災いが下るだろうか、ということを言っているのでしょう。神の裁きの日が来たら、罪人である私たちと私たちの子供たちはどんなに厳しい裁きを受けなければならないか、そのことを見つめ、そのためにこそ嘆き悲しみ、泣け、と主イエスは言っておられるのです。
自分の罪を見つめる
つまりこの婦人たちに主イエスがおっしゃったのは、あなたがたが本当になすべきことは、私の苦しみと死に同情して嘆き悲しみ、涙を流すことではなくて、あなたがた自身の罪と、それに対する神の怒り、裁きにこそ恐れおののき、その罪を悔い改め、神に赦しを求めることなのだ、ということです。主イエスへの同情の涙ではなく、悔い改めの涙をこそ流せ、ということです。自らの罪の深刻さを思い、嘆き悲しみ、その赦しを求めて悔い改めの涙を流すことこそ、主イエスに従っていく弟子、信仰者としての歩みにおいてなされるべきことだ、ということをルカはこの話によって語っているのです。ここには、主イエスを信じて従っていく信仰において、主イエスの十字架の苦しみと死とをどのように受け止めるべきかが教えられているということになります。主イエスの十字架の苦しみと死は、主イエスはなんとひどい目に遭われたのかと、同情するべきものではないし、あるいは、弱い者、貧しい者と共に生きて下さった主イエスを、この世の権力者、富める者、力のある者たちが十字架につけてこのような苦しみを与えた、けしからんことだ、私たちも主イエスに倣って弱い者、貧しい者と共に生きるべきだ、という教訓とするべきものでもなくて、自分自身の罪をこそそこに見つめるべきものなのです。つまり主イエスの十字架の苦しみと死は、私たち自身の罪を主イエスが全て背負い、引き受けて死んで下さったという出来事なのであって、その悲惨さは私たち自身の罪の結果なのです。主イエスの苦しみに自らの罪をこそ見つめ、その赦しのために主イエスが十字架への道を歩み通して下さったことを見つめ、その主イエスの後ろに従っていくことこそが、信仰者のあり方なのです。
悔い改めの招き
主イエスはご自分の弟子ではない人たちに語りかけています。この女性たちが「泣き女」であるならば、主イエスは義務感で、仕方なくご自分について来る者たちにも振り向いて目を留めてくださり、自分の罪を悔い改めよ、と語りかけているのです。そして誰もがかつては求道者でした。私たちは主イエスに興味を持って、また教会や聖書に興味を持って教会の礼拝に出席する中で、また友だちに誘われてしぶしぶ教会の礼拝に出席する中で、主イエスの十字架を知ります。主イエスの十字架の死がほかならぬ自分のためであった、ほかならぬ自分の罪のためであったと受けとめ、自分の罪を悔い改め、洗礼を受けることが、主イエスを信じることなのです。主イエスはエルサレムの女性たちに「自分と自分の子供たちのために泣きなさい」と語りかけることを通して、まだキリスト者でない方々が悔い改めて主イエスを信じ、救いにあずかるよう招いておられるのです。
まさにキレネ人シモンは、この招きに応えたのではないでしょうか。彼は背負いたくもない十字架を背負って、主イエスの後からついて行くことになりました。何で自分だけがこんな目に遭わなくてはいけないんだ、まったく自分はついていない、と文句を言いながら、十字架を背負って主イエスについて行ったのです。しかしその歩みの中で、十字架に向かわれる主イエスを後ろから見つめる中で、そして十字架で死なれる主イエスを見つめる中で、主イエスの十字架が「この私のためだった」と気づかされたのです。そして主イエスの復活と教会の誕生の後に、悔い改めて洗礼を受け、キリスト者となったのではないでしょうか。このシモンがどのような人物なのかはよく分かりません。しかしその名前が残っていることが大切です。彼が後に初代教会において、自分が主イエスの十字架を背負って主イエスの後からついて行く中で、自分の罪に気づかされ、悔い改めて洗礼を受けたことを証ししたから、その名前が残っているのです。そして彼はキリスト者になってからも、繰り返し主イエスの十字架を見つめ、主イエスが自分の罪のために十字架で死んでくださったことを見つめ、涙を流して悔い改めつつ歩んだに違いないのです。主イエスに従って生きるとは、「自分と子供たちのために泣け」という主イエスの言葉を、繰り返し受けとめ、主イエスの十字架を見つめ、自分の罪を悔い改めて、神のほうに向き直って生きていくことなのです。 お祈りいたします。

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