7/6説教「喜びを持って祈る」

驚くべき御業を見た
今朝は、始めに詩編107編の御言葉からその恵に与りたいと思います。今朝は、詩編107編の初めの9節だけをお読みしましたが、この詩編は、構成として、4人の人たち、旅行者、囚人、病人、船乗りの場合を挙げてその救いを描いています。おそらくこの詩編は、救いにあずかった多くの人々の共同の感謝の表明として用いられていたのだろうと考えられています。最初の段落の旅行者の場合、当時の旅行は今のような快適な観光旅行ではありません。命がけの旅でした。4節、5節でこう言います。
4彼らは、荒れ野で迷い /砂漠で人の住む町へ道を見失った。
5飢え、渇き、魂は衰え果てた。
そして次のフレーズが続きます。
6 苦難の中から主に助を求めて叫ぶと
主は彼らを苦しみから救ってくださった。
このフレーズが4つの場合に繰り返されるのです。そしてもう一つのフレーズも4つの場合に繰り返されます。
8主に感謝せよ、主は慈しみ深く
人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
今朝はその内の最後の航海者、つまり海を渡る船乗りの救いの部分から詩編のメッセージを聴きたいと思います。
23節から31節において、本編の詩人は人生を航海にたとえて歌っています
23彼らは、海に船を出し/大海を渡って商う者となった。
24彼らは深い淵で主の御業を/驚くべき御業を見た。
25主は仰せによって嵐を起こし/波を高くされたので
26彼らは天に上り、深淵に下り/苦難に魂は溶(と)け
27酔った人のようによろめき、揺らぎ/どのような知恵も飲み込まれてしまった。
28苦難の中から主に助を求めて叫ぶと
主は彼らを苦しみから導き出された。
29主は嵐に働きかけて沈黙させられたので/波はおさまった。
30彼らは波が静まったので喜び祝い/望みの港に導かれて行った。
31主に感謝せよ。主は慈しみ深く
人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
古今東西、人生を航海にたとえるということはよくあります。23節に「大海を渡って商う者となった」と言っていますから、この詩人は貿易船が海を航海する情景を人生にたとえているのです。そして、突然、暴風雨に襲われたというのです。26節、27節には暴風雨に遭遇した人間の描写がよく表現されています。
26彼らは天に上り、深淵に下り 苦難に魂は熔け
27酔った人のようによろめき、揺らぎ、どのような知恵も呑み込まれてしまった
大波でエレベーターを上下するようなものです。生きた心地がせず、魂は溶けるという表現は良く分かります。足もとはふらつき、どんな知恵も浮かばず恐ろしいばかりです。主イエスの弟子たちがガリラヤ湖で嵐に遭った情景を思い出させます。現代で言えば、飛行機がエアポケットに遭遇し、上下に激しく揺れた時の気分でしょうか。体験した方もおられるでしょう。しかし、北森嘉蔵(かぞう)氏が書いた『詩篇講話下』という本の中で、北森氏はこういう話をされています。人生を航海にたとえただけでは、聖書としての深い話ではないだろう。24節の「驚くべき御業」とは何か。暴風雨が去って港にたどり着いた喜びなのか(30節)。そうではないだろう、というのです。北森氏は25節と29節の結びつきにあると言っています。
「主は仰せによって嵐を起こし、波を高くされたので」(25節)
「主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、波はおさまった」(29節)
つまり、嵐を起こしたのは神が起こしたと書いています。そして嵐を沈黙させたのも神だと書いています。つまり、人生にたとえられる航海において、嵐に会わせるのも、また救うのも神だと言っているのです。ここで詩編の詩人が嵐や暴風雨にたとえられる人生の危機を、私たちはどう受け取るのか。私たちは苦難の時に主の名を呼び、主は応えて下さるのです。それはすぐに応えてくださらないかもしれませんが、詩篇107編の詩人はイスラエルの歴史を通じてそれを痛感しているのです。だから
「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから救ってくださった」
という告白がくり返されるのです。そして、それは現代でも状況は全く同じではないだろうか。
今日は午後から牧師館完成記念感謝会があります。牧師館建築は神が導いてくださった御業だと私自身は心から思います。約3年前、資金ゼロからの出発でした。昨年の10月6日(第1聖日)礼拝後に開催された臨時教会総会では、牧師館建築工事の議決はわずか1票差で可決されました。建築確認申請でも思わぬ障碍が横たわっていました。建築資金が満たされるかどうかは、先月まで分かりませんでした。荒波を渡るような、いつ座礁してしまうか分からない状況ではありました。それだけに完成した喜びは大きいのです。いつまでも語り継がれるでしょう。主なる神のお導きを確信するのです。
人間は苦難の時に神の名を呼び、神は答えて下さるのです。有名な賛美歌「いつくしみ深い」を書いた詩人もそのことを歌っています。讃美歌21の493番「いつくしみ深い」にこういうフレーズがあります。1節に「重荷のすべてを み手にゆだねよ」、2節で「嘆き悲しみを ゆだねて祈り」、3節で「祈りに応えて なぐさめられる」。主イエスが私たちのすべての悩み、そして重荷を負ってくださる、そしてすべてを神にゆだね、祈ることが出来るのは、何というキリスト者の特権でしょう。
喜びをもって祈る
さて今朝の説教題は「喜びをもって祈る」という題です。パウロはフィリピの信徒にいつも喜びをもって祈りなさいと奨めています。
フィリピの信徒への手紙ですが、これはパウロがローマで獄中から、かつて第二回伝道旅行でマケドニアに行った時にパウロによって建てられたフィリピ教会に、後に、パウロに仕えていたエパフロディトに託して送られた手紙です。フィリピに教会が出来た時の様子は使徒言行録6章11節以下に記されていますが、パウロが地中海を渡ってマケドニア地方のフィリピに行ったのは紀元50年頃のことですが、初め紫布の商人でリディアという婦人が信仰者になり、そして家族ともども信仰を持つに至りました。したがってフィリピ教会はこのリディアの家の教会から始まったわけです。家庭集会のような集まりから始まったわけです。この手紙はしばしば「喜びの手紙」と言われます。それは、この手紙が獄中で書かれたものなのに、「喜び」という言葉が沢山出てくるからです。もともと福音というのは主イエスの喜びの知らせという意味です。この手紙から、私たちは本当の喜びとは何かを教えられるのです。
思いを一つにする
パウロはこの手紙をローマの獄中で書いたと言いましたが、パウロの心を占めていたのは自分自身の明日の命のことではなかったのです。パウロの心を占めていたのはただ教会のこと、教会が一つであることでありました。伝道者は教会が一つであることを求めます。教会が一つになるために苦悩するのです。しかし、伝道者パウロはここで苦しみを語るのではなく喜びを語るのです。「心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください」(2節)と語るのです。それは現代の牧師たちも同じです。いや、牧師だけでなく、教会員も長老も同じです。一般的に牧師は自分の使命が終わると他の教会に赴任します。教会員や長老は、その意味では牧師たちにもまさる思いを抱いて教会を愛し、教会生活を送り続けてきたことがこれまで教会を支えて来たのです。教会と自分自身が一つになる、一体化する、それ自体がまさに恵みというべきなのです。
危機の中で
しかし、また教会と牧師、教会と教会員との距離、それがさまざまな意味で危機の中にあり続けてきたし、そしてその危機は今もあることも事実でしょう。パウロはフィリピ教会に宛てて「心を合わせ、思いを一つにする」ことを繰り返し勧めています。しかし、それはまたとても難しいことです。私たちは皆一人一人顔も形も、性格も趣味も、食べ物の好き嫌いも違います。私自身の信仰生活の中でも、教会内での意見の相違、考え方の違い、育った教会の教派の違い、それらによって、教会は多くの躓きがありました。皆自分が正しいと思うからです。それは一般社会の団体以上に分裂の力は大きいのです。私は地方公務員生活も經驗しましたが、営業活動が厳しい会社にもいました。営業社員の入社、退社はひっきりなしでした。トラブルも多くありました。しかし基準がはっきりしているのです。会社に貢献する営業成績を挙げた人を評価し、報奨も多いが、成績を挙げられない社員は退社するのです。しかし教会はそうではありません。神に従い得ないような罪を悔い、キリストの十字架の贖いを信じ、復活の希望に生きる者の集まりです。しかし個性も環境も様々な違いのある群れです。
それなのにどうして、こんなに違った人々が、一つになれるでしょうか。教会の一致は、自動的に、当たり前のようにしてそこにあるものではありません。教会の一致は繰り返し、呼びかけられること、勧められることを求めています。このフィリピの信徒への手紙4章2節をみると、こう記されています。
「わたしはエポディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。」
とあります。エポディアとシンティケ、この二人はパウロの伝道に協力していた婦人でありま
したが、この二人の間に仲違いがあったとされます。それがパウロがこの手紙を執筆する動機の
ひとつとなったと言われているのです。実は私にもこういう経験があります。ある教会で、教会
を奉仕と信仰の面で支えている二人の婦人がいました。一人の方は体にハンディーがある方で、
もう一人の婦人がいつもそれを支えていました。ところが、後年、二人の婦人は仲違いしたので
す。悲しい思いでありました。
実はフィリピの教会は、パウロが伝道した教会の中で、コリント教会やガラテヤ教会と比べれ
ば、問題の少ない良い教会であったと言われるのです。良い教会という言い方は問題かも知れま
せんが、けれども、そういう良い教会であっても、そこにもまた、いやそこにこそ「分裂の力」
が働いているのをパウロは見ていたのです。
それなのにどうして、こんなに違った人々が、一つになれるでしょうか。
それは、ひとりの神が、ひとりの人イエス・キリストとなり、私たちは皆、このひとりの神によって造られたからです。そして神は主イエスをお送りくださって、私たちが違いをもちながら、「互いに愛し合いなさい」と言ってくださるのです。そしてそればかりでなく、人間の苦しみを乗り越えるために、十字架にかかってくださったからなのです。
共に恵みにあずかる者の交わり
パウロは、7節では次のように語ります。「わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁証し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです」。パウロは、今、福音を伝え、そのことの故に監禁されています。自由に活動出来ないのです。しかし、そのような苦難の中で、教会の交わりに連なる人々、主イエス・キリストの福音にあずかる人々を思い起こすことが出来るのです。ここで恵みにあずかっていると言うのは、主イエス・キリストによって成し遂げられた救いの恵みにあずかっていると言うことです。同じ主イエスが十字架で成し遂げて下さった、救いの恵みを受け、その恵みを一緒に証しする働きに神によって用いられているのです。パウロにとって、フィリピ教会と言う、福音にあずかり、自らを主に捧げる群れがあることは、苦難の中で大いなる励ましです。一方、パウロが、牢に捕らえられて何も出来ない苦難の中でも、自らを捧げてキリスト者として生きていると言うことが、フィリピ教会の群れに属する人々を強め、励ますことなのです。教会の群れの交わりは、主なる神の恵みによる救いを証ししています。教会が建てられていると言う事実は、神の御業が具体的に進められており、自分自身もその中に入れられていることの証拠なのです。ですから、そのような共に恵みにあずかる者の交わりを思うと、たとえ、牢に捕らえられると言うような苦難に直面したとしても、そこで喜び、祈り、感謝せずにはいられないのです。
私たちは、横の関係、人間同士の親しさだけを根拠に交わりをもつ時、それは、あやふやな交わりになります。なぜなら、私たちの人間関係における親しさと言うもの程、不確かなものはないからです。ついこの間まで親しかった者が、ほんの些細なことをきっかけにして、親しくなくなってしまうと言うこともあるのです。しかし、福音に共にあずかっていると言う信仰に基づく縦の関係に根拠づけられた交わりは、様々な、人間関係のトラブルや、躓きを経験する時にもゆらぐことはないのです。むしろ、人間の欠けや、罪の中にあってこそ、共にキリストの十字架と復活による罪の赦しによって生かされ、キリストのものとされていると言うことを受けとめつつ共に歩むことが出来るのです。
良い業を担いつつ
そのことを深く受けとめる時に、教会に連なる者たちの歩みは、本当に恵みに満ちたものとなって行きます。私たちは、時に、教会の「交わり」も、人間的なつながりにおいてのみ見つめてしまう、つまり横の関係のみで考えてしまうことがあるのではないでしょうか。そのような時、教会の交わりが根本的に福音に共にあずかると言う縦の関係において支えられていることを忘れてしまうのです。そのような時、私たちは、教会の中でさえ、人と自分の信仰生活を比べたり、そのことによって、他人をうらやんだり、自分を誇ったり、又、他人を批判したり、自分を卑下することになるのです。そして、そこには必ず、躓きが生まれます。教会の人々を思い起こして感謝し、喜びをもって祈ることもなくなってしまうのです。
私たちは、大磯教会の創立125周年をお祝いします。神が、この大磯の地において、良い業を始めて下さり、その御業に多くの人々を用いて下さって来たのです。そして、それを完成させるために、現在、私たちをも教会の枝として下さっているのです。ですから、ここで起こるどんなことでも、神の大きな御業の中で導かれていることであり、私たちは、その働きに仕えているのです。私たちは、繰り返し、ここでパウロが語る信仰に立ち返らなくてはなりません。それは、福音に共にあずかっていると言う信仰です。少し大袈裟な言い方をすれば、主イエス・キリストの十字架と復活と言う救いにあずかり、その中で自らを主イエスに捧げた者として生かされていると言う信仰です。そのような信仰に生かされる時に生まれるものこそ、教会における真の「交わり」です。その交わりの中には、私たちの苦しみや悲しみを越えて、必ず、喜びと祈りと感謝に満ちた歩みが生まれるのです。お祈りします。

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