「甦りの主にお会いして」
彼女は週の初めの日、つまり、日曜日の朝、まだ夜も開けきらない暗いうちに主イエスを葬った墓に行ったのです。
彼女は週の初めの日、つまり、日曜日の朝、まだ夜も開けきらない暗いうちに主イエスを葬った墓に行ったのです。
主イエスが十字架にかけられた時、ヨハネ福音書によると、二人のマリアと愛する弟子と記されている弟子の他は、みな逃げて隠れていた
「翌日は特別の安息日であった」という意味は、過越しの第一日でもあったから「特別な日」であった訳です。ユダヤ人たちは、受刑者の死を速めるために、足を折った。
「イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた」。口語訳聖書では「万事が終わったことを知って」と訳していましたが、ここは「成し遂げられた」が原文の意味するところです
ヨハネ福音書は主イエスが「自ら十字架を背負い」、ゴルゴダへ向われたと記しています。共感福音書のようにキレネ人シモンが代わりに背負ったとは記していません。
ローマ総督ピラトが主イエスを裁くこの箇所には、驚くほどの矛盾、また相反するものの一致が記されています。主イエスは兵士たちに茨の冠をかぶせられ、紫の服を着せられ、平手で打たれます。
この箇所から総督ピラトの前における主イエスの裁判の記事が始まります。ファリサイ派や指導者たちは、イエスを大祭司カイアファのところから総督官邸に連れて行ったのですが、
主イエスが大祭司の屋敷でアンナスから尋問を受けている時、ペトロも庭で門番の女中から裁かれていました。そして、再び、今度は、ペトロが片方の耳を切り落とした大祭司の僕の身内の者から、